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大阪地方裁判所 昭和58年(ヨ)2010号 決定

申請人

木原通保

右代理人弁護士

南野雄二

被申請人

昭和恒産株式会社

右代表者代表取締役

牛窪基晴

右代理人弁護士

坂東宏

主文

一  申請人が被申請人に対し雇用契約上の地位を有することを仮に定める。

二  被申請人は申請人に対し金四三万三一四五円及び昭和五八年五月三一日以降第一審本案判決言渡しに至るまで毎月末日限り金二〇万一二三九円を仮に支払え。

三  申請人のその余の申請を却下する。

四  申請費用はこれを三分し、その一を申請人の負担とし、その余を被申請人の負担とする。

理由

(当事者双方の申立)

一  申請人は「被申請人は申請人を従業員として扱え。被申請人は申請人に対し金一一五万九九五九円および昭和五八年五月三〇日以降毎月末日限り金二七万四三三三円を支払え。申請費用は被申請人の負担とする」との決定を求め、被申請人は「本件仮処分申請をいずれも却下する。申請費用は申請人の負担とする」との決定を求めた。

(申請人の主張)

一  被申請人は金融を業とする会社である。申請人は昭和五七年五月二五日被申請人に入社し、同年九月以降リッチ東室蘭店開設準備の責任者(役職は次長)として赴任し、一〇月同店を開店し、一二月から役職上も店長となり、昭和五八年三月一八日新規開店のABC札幌店の店長に任命された。

二  被申請人は昭和五八年四月一二日申請人を懲戒解雇する旨の意思表示(以下「本件懲戒解雇」という)をした。

三  被申請人は懲戒解雇理由として申請人が東室蘭店店長をしていた当時

(1)  別紙目録一記載のとおり暴力団宮口弘、松岡幸雄、宮口と内縁関係にある昆野艶子(以下「宮口」「松岡」「昆野」という)らに対し、及び同人らを保証人として同目録記載の暴力団員に融資する際宮弘建設、弘蘭商事の所在、実体の確認をせず、多額の融資をしたが、宮口、昆野が麻薬犯罪で室蘭警察署に逮補され、右貸付金は回収不能となる可能性が高い(以下「ヤクザ貸し」という)。

(2)  被申請人は融資限度額を金三五万円と定め、これを超える融資については本社に報告し、本社の決裁をまって行うよう通達を出しているのに申請人はこれに違反して本社に報告せず別紙目録二記載のとおり同一日付又は近接した日付で明らかに夫婦と思われる男女の名前で、相互に保証させてそれぞれに融資し、実質的には右限度額をはるかに超えた融資をした(以下「夫婦貸し」という)。

(3)  前記暴力団関係者への融資額が融資限度に達したため申請人は被申請人の関連会社の他店を紹介した。

(4)  私物を会社経費で購入した。

(5)  ABC札幌店で就業規則を守らず、金庫の鍵を入社して間もない試用期間中の従業員に保管させたことを列挙し、右の事実が被申請人の就業規則第四九条第四号、第六号、第七号の懲戒解雇事由に該当すると主張する。

しかし右(1)については宮口、松岡らが暴力団員であったとしても申請人はこれを知らなかったし、融資の際、宮口、松岡らが宮弘建設、弘蘭商事を経営し、又は右会社他の勤務先に勤務しているとの申告に基づき所在調査をし実体を確認した上融資している。そしてサラ金の顧客には健全な経済生活を営んでいる者は殆んどいないから、回収不能の危険は常につきまとっているのであって、仮に回収不能になったからといって、それが直ちに解雇理由になるものではない。(2)については申請人は夫婦を一人として融資限度を考えるように指導されたことはなく、申請人が勤務した他店では夫婦貸はよく行われており、夫婦に三五万円以上融資するのが好ましくないということは昭和五八年三月の監査ではじめて聞かされた。申請人は三日毎に顧客の借用証の控を全て本社に送っており被申請人は注意しようと思えば、昨年中に注意できたのにこれをしていない。(3)ないし(5)についてはそのような事実はなく、三月の監査においては(1)(2)の貸付について今後気をつけるよう注意されただけで、それ以上問題にされたことはなかった。

以上のとおり被申請人が主張する解雇理由のうち(3)ないし(5)は存在しないし、(1)(2)についてもいずれも解雇理由とはなりえないものであって、本件懲戒解雇は被申請人が解雇権を濫用して行ったものであり、無効である。

四  被申請人会社では従業員が転勤する時は転勤旅費規程第三条により交通費(家族を含む)、運送費及び赴任手当が支給される。申請人は被申請人から不当解雇され、被申請人が第三者から借りて申請人を居住させていた社宅についても昭和五八年四月一九日賃貸借契約を解除されたため家主から立退きを迫られたため、妻とともに生活の本拠である大阪へ戻らなければ生活できなくなったのであるから被申請人は転勤の場合に準じて交通費金七万五八〇〇円(内訳札幌から大阪までの航空運賃二人分七万四〇〇〇円、札幌から千歳空港までの国鉄運賃二人分一八〇〇円)、運送費金二五万八〇〇〇円、赴任手当金二二万四〇〇〇円、以上合計金五五万七八〇〇円を支払う義務がある。仮に右主張が認められないとしても申請人は被申請人の違法な本件懲戒解雇ならびに居宅の賃貸借契約の一方的解除によって大阪への帰郷を余儀なくされ、前記の交通費及び運送費相当額の三三万三八〇〇円の損害を被ったのであるから、不法行為に基づき右金員の支払を求めることができる。

五  申請人の賃金は毎月二五日締切の同月末日払であって、申請人は被申請人から昭和五八年一月分は金二五万三〇〇〇円、二月、三月分はそれぞれ金二八万五〇〇〇円の給与の支給を受けており、平均賃金は一カ月金二七万四三三三円であるところ、被申請人は四月分の賃金のうち申請人に金一三万二一七四円しか支払っていないから、申請人は残額の金一四万二一五九円の支払を求めることができる。そして被申請人は昭和五八年七月二〇日夏の一時金として在籍半年以上の店長に対して金四六万円以上を支給しているので、申請人もこれを受けることができる。

六  申請人は妻と同居しており、被申請人から支給される賃金により二人の生計を維持してきたのであり、又本件懲戒解雇により大阪への帰郷を余儀なくされ、新たに賃借した住宅の敷金、生活費、弁護士費用等多額の出費を強いられ、現在約一〇〇万円の借金があり、これまで家庭にいた妻も働きに出て家計を助けざるを得ない状況であり、右賃金、一時金及び交通費等の支払を受けることができないとすれば回復し難い損害を被ることとなるので、本件仮処分申請に及んだ。

(被申請人の主張)

一  申請人の主張一、二の事実は認める。

二1  同三の事実中解雇理由に関する部分を除き、その余の事実は全てこれを争う。被申請人は本年三月上旬リッチ東室蘭店で発生したトラブル収拾のため牛窪取締役及び武氏課長代理を派遣し調査したところ、申請人には就業規則第四九条第四号第六号第七号に該当し、被申請人に著しい損害を被らせる恐れがある行為があったため、本件懲戒解雇を行ったものである。

申請人は別紙目録一記載の融資の際、次のとおり必要な顧客の信用調査、勤務先と申告された弘蘭商事の調査もせず、融資しており、これ一つをとりあげても十分懲戒事由となりうるのである。即ち同目録の番号7(中田長蔵)、10(阿部孝治)の申込書は勤務先が弘蘭商事で番号9(米沢修)は室蘭保線支区番号11、12(斉藤勝美、斉藤悟)は秋田組となっており、勤務先が異っているのに、これらの者が同じネーム入りのジャンバーを着て来店している点の調査をしていない。又被申請人においてはレンダースエクスチェンジに照会し顧客の信用調査を行ってから融資するのに申請人は同目録の番号7ないし12についてはこれを行わず、番号10(阿部孝治)については免許証の住所が室蘭市御崎町二丁目一七番九号となっていて、申込書の住所と異なっているのにその点調査もせず、番品9(米沢修)については申込書に身分証明書、健康保険証のいずれの記載もないのにその点確かめもしていない。番号15(石川信一)については申込書では勤務先が島川工業であって地元のヤクザの島川組と容易に推測できる上、レンダースエクスチェンジへの照会により、貸倒未収、行方不明という回答を受けたのであるから、明らかに融資を見合わせるべきであるのに、あえて融資している。

2  仮に申請人のした行為が懲戒解雇理由にあたらず、右懲戒解雇が無効であるとしても本件解雇通告は解雇予告と解されるから、その日から三〇日を経過した昭和五八年五月一二日付をもって申請人と被申請人間の雇用契約は労働基準法第二〇条により終了した。

三  同四の事実中被申請人には転勤旅費規程があり、転勤の際交通費、運送費及び赴任手当が支給されること、交通費、赴任手当が申請人主張のとおりであることは認めるが、その余の事実及び主張は争う。

赴任手当は従業員であることを前提とした上、被申請人会社の転勤命令によって任地へ赴任した時にのみ支給されるものであって、申請人の主張は失当である。

四  同五の事実中申請人の賃金が毎月二五日締切の同月末日払であって、一月分は金二五万三〇〇〇円、二月三月分はそれぞれ金二八万五〇〇〇円であったこと、被申請人が四月分として金一三万二一七四円を支払ったこと、店長に対し、夏の一時金を支給したことは認めるが、その余の事実は否認する。

昭和五八年二月、三月分の賃金には、月額三万二〇〇〇円の日曜出勤手当が加算されており、平均賃金の計算においてはこれは差引くべきであるから申請人の平均賃金は二五万三〇〇〇円である。又申請人の四月分の賃金は三月二六日から四月一二日までの日割計算で金一五万五五三八円となるが、申請人には社会保険料金一万九九五五円及び源泉所得税三四一〇円を差引いて金一三万二一七四円を支給したのである。夏の一時金は給与の一・七ケ月分となっており、仮に申請人に支給されたとすると、二二万円の一・七ケ月分から源泉所得税約八パーセントを差引いた金額となる。

五  同六の主張は争う。

(当裁判所の判断)

一  申請人の主張一、二の事実は当事者間に争いがなく、疎明資料によれば、被申請人の就業規則第四九条には「社員が次の各号の一に該当するときは懲戒解雇にする、但し情状により、出勤停止、又は降格に止めることがある」とあり、その第四号には「業務上の指示命令に違反し、会社の秩序を乱したとき」、第六号には「故意又は重大な過失により会社の機密をもらし又はもらそうとしたとき」、第七号には「故意又は重大な過失により会社の名誉信用を傷つけ、又は重大な損害を与えたとき」とそれぞれ規定されていることが一応認められる。

二  本件懲戒解雇に至る経緯

当事者間に争いのない事実及び疎明資料によれば次の事実が一応認められる。

1  申請人は昭和五八年三月一九日リッチ東室蘭店の後任店長に任命された中野勇主任に事務引継ぎをしてABC札幌店へ転勤したが、被申請人本店検査部の石崎課長が同月一六日から一八日まで申請人が店長をしていたリッチ東室蘭店を監査した。申請人は宮口が同年二月二五日室蘭警察署に覚せい剤取締法違反の疑いで逮補された旨新聞報道されたため、その記事を切り抜き、宮口の顧客カードに貼付していたことから、宮口がヤクザであることがわかった。そして宮口経営の宮弘建設(社名変更後は弘蘭商事)の関係者らはヤクザのようなグループでこのような者には融資してはならないのに申請人が多くの貸付を行っていたこと、被申請人が昭和五七年五月六日付で融資限度額を三五万円とし、それを超える貸付申込があった時は本社に連絡し、本社でその可否を決する旨通達を出しているのに申請人は夫婦を分離してその各々に右限度内の貸付を行い、実質的に右限度を超えた貸付を多数行い、全く本社に連絡していなかったことがわかった。そこで石崎課長は翌三月一九日申請人にヤクザ貸しと夫婦貸しはやめるように注意した。

2  苫小牧店が同年四月四日に開店したが、その後の調査によりヤクザ貸しは別紙目録一記載のとおりであり昆野は宮口の愛人であって、昆野も逮捕されたこと夫婦貸しは同二記載のとおりであること及び以下の事実がわかった。即ち開店の翌日ヤクザ風の安田三郎、伊藤正夫と名乗る者が申請人からここへ来れば二〇万ないし三〇万円貸してもらえると紹介されたと言ってやって来た。そこで店長の佐藤が二人にいくら貸せるか調べたところ、二万円程度しか融資できないことがわかったので、その旨告げたところ、伊藤は二万円持って帰ったが、安田は怒ってどなり散らし、カウンターや机をたたくなどしてあばれて帰った。

3  四月一〇日、申請人はABC札幌店の従業員の白井勝が以前丸井今中デパートで労働組合の書記長をしていたことを武氏課長代理に電話で報告したところ、翌一一日本社の栗林課長から牛窪二美雄取締役(以下「牛窪取締役」という)は白井他従業員全員を解雇せよと言っている旨の電話があった。申請人はABC札幌店に来た武氏課長代理に全員解雇に反対したが武氏課長代理は同日白井を解雇した。そして申請人は牛窪取締役から同月一二日ヤクザ貸し、夫婦貸し、従業員の白井を解雇しなかったことを理由に店長解任を告げられた。申請人は翌一三日は休む旨連絡して一四日に出勤したところ、武氏課長代理から本社は四月一二日付で申請人を解雇する旨電話してきたと聞かされた。

三  次に被申請人が本件懲戒解雇の理由とする点について順次検討を加える。

1  ヤクザ貸しについて

疎明資料によれば

(一) 申請人は別紙目録三記載の貸付を行ったが、右債務者らは右目録記載の日に宮弘建設のネーム入りのジャンパーを着て貸付申込をして、その貸付を受けた。貸付する時は店員がまず顧客からの貸付申込を受付け、顧客に申込書を記載させ、身元確認のため健康保険証又は運転免許証を閲覧する。そして信用調査機関のレンダースエクスチェンジに照会したうえ融資の可否を決し、融資できると判断した場合は、健康保険証等のコピーをとり、顧客に顧客カードを作成させ、面接及び勤務先や自宅等に電話して記載内容を確認したうえこれらの書類を店長に引継ぐ。店長は最終的に融資の可否及びその金額を決定して金の貸出を行うことになっていた。宮口は宮弘建設の社長、松岡は部長とよばれており、風体の良くない人物であったが、申請人は昭和五七年一二月六日宮口が自宅に宮弘建設の事務所も置いて宮弘建設を経営しているというので自宅に電話して宮口の妻から宮弘建設を経営している旨聞き、又宮口が宮弘建設と同じ住所である弘蘭商事の社判と名刺を持っていたので、両会社は同一の会社で実在するものと判断し、別紙目録三の番号3の貸付を行った。申請人は昭和五八年一月一一日頃宮口に対する前記貸金の集金に中野らを宮弘建設の連絡所に行かせたところ、一階には昆野が管理人として住んでおり、二階に宮弘建設の連絡所があることがわかった。

(二) 同月一七日頃申請人は松岡に昭和五七年一二月八日貸付けた別紙目録三の番号4の貸金の集金のため松岡宅へ行き、松岡の妻から松岡が左手小指を仕事で落としたことを告げられその頃、松岡の左手小指がないことを知った。申請人は中田長蔵については一端融資申込を断わったが、同月一八日宮口が保証するということで別紙目録三の番号7の貸付をし、それからも同目録の番号8ないし15のとおり宮口、松岡、昆野の保証の下に貸付を続けた。申請人は同目録三の番号7から12までの貸付についてはレンダースエクスチェンジへの照会をせず、中田(同目録の番号7)、阿部(同目録の番号10)の勤務先は弘蘭商事で、米沢(同目録の番号9)は室蘭保線支区、斉藤勝美、斉藤悟(同目録の番号11、12)は秋田組となっており、勤務先が異なっているのに、同じ宮弘建設のネーム入りのジャンバーを着ている点の調査をしなかった。そして申請人は米沢については申込書に身分証明書、健康保険証のいずれの記載もないのにその点確かめもせず貸付(同目録の番号9)、阿部については別紙目録三の注1のとおり免許証の住所と申込書の住所が異なっているのにその点の調査もせず貸付(同目録の番号10)、藤田、石川についてはレンダースチェンジから、それぞれ同三の注2、3のとおり藤田については延滞、転職、石川については貸倒未収、行方不明という報告を受けながら貸付けた(同目録の番号14、15)ことが一応認められる。

被申請人は申請人は別紙目録一のとおり一八名に対し貸付を行ったと主張するが、疎明資料によれば申請人は昭和五八年三月一八日頃札幌に転勤しており、同目録の番号16ないし18の貸付は申請人が行ったものと認めるに足る疎明はない。又(書証略)(中島常務の陳述書)、(書証略)(同人の陳述録取書)には同目録三記載の顧客らの多数が行方不明となっており、又リッチ東室蘭店の貸付長期延滞率は別紙目録五のとおりで昭和五八年四月末より急激に悪化した旨の記載があるが、具体的に誰々が行方不明となっているのか明らかではないし、長期延滞率が具体的にいかなる数値を比較して算出されたものか、又基礎的数値も明らかではない上、疎明資料によれば、被申請人は毎年四月一五日に開店後半年以上経過した店の不良債権をほとんど本社が買上げることにしているから、それ以外の店には不良債権がほとんどなくなることが一応認められることに照らし、右記載はにわかに採用できない。

申請人は別紙目録三の貸付について顧客らの服装は普通であってヤクザとわからなかったので貸したと弁解するが、前認定の事実によれば、申請人は昭和五八年一月一七日頃松岡の左手小指がないことを知ったが、それ以前から宮口と松岡が風体の良くない人物であることに気づいていたのであるから、松岡の妻が仕事で指を落としたと弁解したとしても、右弁解は容易に信用できず、松岡がヤクザであると推認できたものと解される。従ってそれ以降の貸付(番号7ないし15)は小指がなくヤクザと考えられる松岡、松岡の兄貴分にあたる宮口、宮口経営の弘蘭商事の連絡所の一階に住み宮口と密接な関係を有すると目される昆野(後に宮口の愛人であることが判明したことは前記二の2のとおりである)を保証人としてなされたものであって、債権回収が困難となる恐れが高いから見合わせるべきであった(阿部、藤田、石川については前記の事情であるからなおさらである)のになされたもので、申請人は貸付の際、顧客の信用調査を十分行わなかったものというほかはない。

2  夫婦貸しについて

被申請人が融資限度額を三五万円と定め、これを超える融資をする場合は本社に報告し、本社の決定により行えとの通達を出していたことは当事者間に争いがなく、疎明資料によれば被申請人の営む消費者金融は原則として無担保、無保証で迅速に小口の貸付を行うものであるが、前記通達は夫婦に対する貸付について言及していないこと、申請人は別紙目録四のとおり三二組の夫婦に対し三五万円を超える融資を行い、その融資総額は一五〇四万円となるが本社に報告していないこと、申請人は三日毎に借用証の控、身元を証明する健康保険証又は運転免許証のコピーを全て本社に送っているから、被申請人が夫婦貸しが好ましくないと思っていれば、直ちに注意できるのに、被申請人は申請人に対し昭和五八年三月の監査まで夫婦は同一世帯であるから、融資限度も夫婦一体として考えるように明確な指示をしていなかったこと、監査ではじめて夫婦貸しが好ましくないと注意したこと、申請人が以前勤務していた大阪福島店では夫婦貸しも何件か行われていたことが一応認められる。

被申請人の行う消費者金融業は原則として無担保無保証で小口貸付を行うのを業とするものであるから、融資限度額を遵守しないと債権回収が困難となる危険が増大するので、これは遵守さるべきところ、夫婦の経済力は共稼ぎでない限り夫の収入により定まるから条理上前記通達が夫婦に対する貸出限度額を明確に記載していなくても、その融資限度をも三五万円と定めたものと解すべきである。従って申請人は前記通達に反した貸付を行ったものであるが、前記のとおり明確な指示がなく、他店でも行われていたことを考慮すると、右通達に違反したことを以て申請人を強く批難することは相当でない。

3  他店への紹介について

疎明資料によれば、昭和五八年四月五日安田三郎、伊藤正夫の両名が申請人からここへ来れば二〇万ないし三〇万貸してもらえると紹介されたと言って苫小牧店にやってきたことが一応認められるが、他方疎明資料によれば申請人は店では名札をつけているから、顧客が窓口で申請人と会えば、申請人の名前が判ることも一応認められ、又申請人は両人に苫小牧店を紹介したことはないと供述しており、これらを総合すれば未だ申請人が両名を紹介したとの疎明は尽くされていない。

4  私物の購入について

疎明資料によれば、申請人は東室蘭店の備品として座席クッション三枚とアタッシュケースを購入したことが一応認められるが、申請人が会社の経費で私物を購入したと認めるに足る疎明はない。

5  金庫の鍵の保管について

被申請人は申請人がABC札幌店で金庫の鍵を入社して間もない試用期間中の従業員に保管させたと主張し、これに副う疎明資料があるが、他方白井らに保管させた鍵は事務所入口の鍵である旨の疎明資料もあり、未だ被申請人主張の事実は疎明されていない。

6  右認定事実によれば申請人は昭和五八年一月一七日頃松岡がヤクザと気づくことが可能であり、宮口、松岡、昆野らの保証の下に別紙目録三の番号7ないし15の貸付を行った場合右債務者らがヤクザ関係者であることから債権回収が困難になると判断できたのに過失によりこれに気づかず貸付けたこと、同目録四の貸付は本社に報告し、その指示をまって行うべきであったのに、報告せず行ったことが一応認められ、右事実が就業規則第四八条第三号不注意又は怠慢により業務に支障を来たしたり、損害を与えたときに該当することは格別、就業規則第四九条第四号、第六号、第七号に該当するものではない。即ち、その第四号は「業務上の指示命令に違反し、会社の秩序を乱したとき」と規定されているところ、申請人が融資限度額を金三五万円とする通達に違反した貸付を行ったことが一応認められるが、右通達は一般的な準則と目すべきものであって、業務上の指示命令とは解することができないから第四号には該当しない。次に第六号は「故意又は重大な過失により会社の機密をもらし又はもらそうとしたとき」とあるが、申請人の右行為はこれには一見して該当しない。第七号は「故意又は重大な過失により会社の名誉・信用を傷つけ、又は重大な損害を与えたとき」とあり、申請人の前記行為は故意又は重大な過失により行なわれたこと、右行為により重大な損害を与えた旨の疎明はないから、第七号にもあたらない。

以上の次第で本件懲戒解雇は解雇理由がないのになされたもので、解雇権の濫用であって、無効である。

四  予告解雇の効力について

被申請人は本件懲戒解雇の意思表示が無効であるとしても、右は予告解雇としての効力があると主張する。しかしながら解雇は継続的な労働契約の終了をもたらすという重要な効果を伴うものであり、しかも使用者の一方的な意思表示によってなされるものであるから、このような重要な行為についていわゆる無効行為の転換の法理を適用することは相手方である労働者の地位に不当な不利益を与えるものであって許されないというべきである。よって被申請人の右主張は採用できない。

五  交通費等の請求について

被申請人が本件懲戒解雇をしたことは当事者間に争いがなく疎明資料によれば被申請人が申請人の居宅の賃貸借契約を解除したことが一応認められるが、被申請人は申請人に転勤を命じたわけではないし、本件懲戒解雇及び居宅の賃貸借契約の解除を以て転勤命令と同視できる筈も無く申請人の被申請人は転勤に準じて交通費、運送費、赴任手当合計五五万七八〇〇円の支払義務があるとの主張は失当である。次に申請人は本件懲戒解雇及び居宅の賃貸借契約の解除が申請人に対する不法行為にあたると主張するので検討するに、これらの行為が不法行為を構成するのは被申請人が解雇権の濫用として無効となることを認識しており或は少くとも認識しうる状況にあったのに本件懲戒解雇を行った場合に限られるものと解される。そして本件懲戒解雇が解雇権の濫用として無効であることは前記のとおりであるが、被申請人においてこれが無効となることを認識し、或は認識しえたのにこれを行ったことを認めるに足る疎明はないから申請人の主張は失当である。

六  保全の必要性

当事者間に争いのない事実及び疎明資料によれば、申請人は満二九歳で妻と同居しており、被申請人から支給される賃金収入によって生計を維持してきたものであるが、現在は妻が働きに行っており、約一〇〇万円の借金があること、被申請人の賃金は前月二六日から当月二五日までの分が当月分として当月の末日に支払われるが、申請人が本件懲戒解雇前三ケ月に支給された賃金(総支給額)は昭和五八年一月分は二五万三〇〇〇円、二、三月分は日曜出勤をしたため休日手当三万二〇〇〇円が加算され、二八万五〇〇〇円で、その平均は二七万四三三三円であり、総支給額から所得税、健康保険料、厚生年金保険料、雇用保険料を控除した手取額の平均は二四万〇二四一円であること、右総支給額には申請人が室蘭、札幌で勤務していたことから暖房手当二万円が含まれているが、申請人は本件懲戒解雇の後の四月三〇日札幌から大阪に戻っていること、被申請人は申請人に対し昭和五八年五月四日同年四月分として所得税三四一〇円、健康保険料八五〇円、厚生年金保険料一〇六〇〇円、雇用保険料八五五円を差引き一三万二一七四円を支給したのみであるから、手取額の平均二四万〇二四一円を基準とすると未払額は一〇万八〇六七円となること、被申請人は昭和五八年七月一五日夏期一時金を社員に支給したが、その支給基準により申請人への支給額を試算すると金二二万円の一・七ケ月分から約八パーセントの所得税を差引き、手取り三四万四〇八〇円となることが一応認められる。被申請人は平均賃金は日曜出勤の休日手当を差引いて計算すべきであると主張するが、仮処分における平均賃金算出の目的は、解雇された労働者が解雇されていなかったとしたらどれくらいの収入が得られるかを予測するためであるから特段の事情のない限り実際に支給された賃金によって計算すれば足りるものと解され、被申請人の主張は採用できない。

以上の事実によれば申請人が第一審における本案判決の言渡に至るまで被申請人の従業員として取扱われず、四月分の未払額については休日手当を除いた手取額二二万一二三九円より既払の一三万二一七四円を差引いた八万九〇六五円、夏期一時金は三四万四〇八〇円毎月休日手当を除いた手取額より暖房手当を差引いた金二〇万一二三九円の支払が受けられないとすれば、申請人に回復しがたい損害を生ずる虞れがあるものと考えられる。

休日手当は毎月の生活を維持するのに必要なものではないし、暖房手当も申請人が現在大阪に住んでいるから必要性はない。又申請人が第一審における本案判決の言渡の時以降にまで及んで金員の仮払を求める部分は申請人が本案の第一審において勝訴すれば仮執行の宣言を得ることによって右と同一の目的を達することができる訳であるから、右申請部分についても必要性を欠くものというべきである。

七  してみれば、申請人の本件仮処分申請は主文第一項、第二項記載の限度で理由があることになるから保証を立てさせないでこれを認容し、その余は理由がなくかつ保証を以て疎明に代えさせることも相当とは認められないからこれを却下し、申請費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 大工強)

別紙目録(略)

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